なぜ豆をまくのか?節分が教えてくれる日本人の「境目」の感覚
2月のはじまり。スーパーの入り口に山積みになる大豆と太巻き。
日本に暮らしていると当たり前の光景ですが、「なぜこの日に豆をまくのか」「なぜ鬼が登場するのか」を説明できる人は意外と多くありません。
節分は、ただの季節行事だけではなく、日本人が昔から大切にしてきた”区切り”の考え方が詰まった一日です。
豆と掛け声の奥に隠された意味を知ると、節分は少しだけ違って見えてきます。
そもそも節分とは?
節分とは、文字通り「季節を分ける日」を意味します。
私たちが今イメージする節分は2月初めの行事ですが、もともと立春・立夏・立秋・立冬、それだけの前日すべてが節分でした。
中でも立春は、旧暦では一年の始まりにあたる重要な節目。
その前日は「古い年が終わり、新しい年が始まる直前」という、少し不安定で特別な日だと考えられてきました。季節の変わり目は体調を崩しやすく、災いも起こりやすい。そんな経験則が、「邪気を払う」という発想につながっていきます。そこで生まれたのが、鬼を追い払う風習です。
この鬼は、空想の怪物というよりも、病気や災難、不運といった目に見えない厄の象徴。節分は鬼を怖がる日ではなく、一年を健やかに過ごすために、不要なものを外へ追い出す”心の整理の日”だったのです。
つまり節分は、単なるイベントではありません。
季節と向き合い、自分の暮らしを整えるための、日本人なりの知恵が詰まった行事なのです。
節分の歴史 ~起源は?~
節分の起源は、奈良時代に中国から伝わった「追儺(ついな)」という厄払いの儀式です。疫病や災いを鬼に見立て、外へ追い払う考え方が日本に伝わりました。
平安時代には宮中行事として定着し、「鬼」は災いの象徴として描かれるようになります。季節の変わり目に邪気を払うという発想が、節分の基礎になりました。
その後、室町~江戸時代にかけて豆まきの風習が広まり、節分は庶民の行事へと変化します。豆には「魔を滅する」という意味が込められ、家の中から外へまくことで厄を払うと考えられてきました。
現在の節分は、こうした歴史を背景にしながら、恵方巻など新しい風習も加わり、形を変えつつ受け継がれています。
節分の過ごし方
代表的なのは豆まきです。
「鬼は外、福は内」と唱えながら豆をまくことで、病気や災難などの厄を家の外へ追い出すと考えられています。鬼は想像上の存在ですが、実際には悪い出来事や不安の象徴です。豆をまく行為は、暮らしの中にたまった厄をリセットする意味を持っています。豆まきの後に年の数だけ豆を食べるのも、健康で一年を過ごしたという願いが込められています。
食事では恵方巻を食べる風習があります。
その年に縁起がいいとされる方角「恵方」を向き、無言で一本丸ごと食べきることで、運を逃さず福を取り込むとされています。もともとは関西地方を中心に広まった風習ですが、今では全国的に定着し、節分の食卓を彩る存在になりました。
さらに、「ヒイラギイワシ」と呼ばれる厄除けの風もあります。
トゲのあるヒイラギの枝に、焼いたイワシの頭を刺して玄関に飾ることで、鬼や邪気の侵入を防ぐと考えられてきました。ヒイラギの鋭い葉と、イワシの強い臭いは、どちらも鬼が嫌うものとされ、家の入口を守る役割を果たしていたのです。
節分は日本だけの特別な行事
豆まきで鬼を追い払ったり、恵方巻を食べたりする節分の行事は、日本だけの独自の文化です。海外には、2月3日の節分の日を祝う文化はほとんどありません。
中国や韓国などでは、節分の翌日にあたる「立春」を祝い、春の訪れを喜ぶ行事が行われます。春餅を食べたり、「立春大吉」と書いた紙を飾ったりするなど、邪気を払うよりも新しい季節を祝う意味合いが
強いのが特徴です。
世界に目を向けると、食べ物を使った厄除けやお祝いの行事はありますが、日本のように豆で鬼を追い払い、福を呼び込む節分の形は見られません。
節分は、季節の節目を「厄払い」という形で表現した、日本ならではの文化といえるでしょう。
まとめ
豆をまき、鬼を追い払い、福を迎える。
節分の風習は毎年変わらないようでいて、その意味は私たちの暮らしに静かに寄り添い続けています。
節分が教えてくれるのは、「何かが始まる前には、いったん立ち止まり、整える時間が必要だ」という日本人ならではの感覚です。季節の変わり目という不安定な瞬間に目に見えない厄を外へ出し、心を切り替える。その行為そのものが、節分の本質なのかもしれません。
忙しい現代では、豆まきや恵方巻きを省略する年もあるでしょう。それでも、少しだけ振り返り、気持ちを整える時間を待つだけで、節分は十分に意味を持ちます。
季節の「境目」を大切にする文化。
それが。形を変えながらも節分が今も日本に残り続けている理由なのです。