日本の始まりを考える日
2月11日は「建国記念の日」。
日本の始まりをしのび、国を愛する心を養う日として定められた祝日です。
しかし、そもそもなぜ2月11日なのでしょうか。
そして、なぜ「建国記念日」ではなく「建国記念の日」なのでしょうか。
今回は日本の建国記念の日の由来と、その背景にある歴史的な意味についてご紹介します。
なぜ「建国記念日」ではなく「建国記念の日」なのか
2月11日「建国記念の日」は、日本のはじまりをしのぶ祝日です。
『日本書紀』に記された神武天皇の即位日に由来し、戦後に現在の名称で判定されました。
「建国記念日」ではなく「建国記念の日」とされているのは、特定の出来事を建国と断定するのではなく、国の成り立ちに思いはせる日と位置づけられているためです。
アメリカやフランスのように独立や革命を記念する国が多い中、日本は長い歴史の連続性を重視している点が特徴といえるでしょう。
神武天皇と日本の紀元—神話から始まる国
建国記念の日の由来は、『日本書紀』に記された初代天皇・神武天皇の即位の日にさかのぼります。
『日本書紀』は8世紀に編さんされた日本最古の歴史のひとつです。その中で、神武天皇が橿原宮で即位した日が「辛酉(かのととり)年の正月庚辰の日」と記されています。これを現在の暦に換算した日が2月11日とされています。
ここで大切なのは、この年代が歴史学的に実証された「史実」かどうかという問題とは別に、日本が自らの始まりをどのように物語ってきたのかという点です。
多くの国が独立や革命といった”政治的出来事”を建国の起点とするのに対し、日本は神話と歴史が重なり合う物語から国の始まりを語っています。
この「物語から始まる国家」という特徴は、世界的に見てもかなりユニークです。
「紀元節」から「建国記念の日」へ
明治時代になると、この神武天皇即位の日は「紀元節」として祝日に定められました。
近代国家としての日本が、自ら歴史的連続性を強調する意味も込められていました。
しかし、戦後の1948年、GHQの占領下で紀元節は廃止にされます。
国家神道との関係や戦前の国家体制との結びつきが背景にありました。
その後、議論を経て1966年に新たに制定されたのが「建国記念の日」です。
ここで重要なのが名称の違いです。
「建国記念日」 ではなく、「建国をしのぶ日」。
特定の歴史的事実を断定的に祝うのではなく、日本という国の成り立ちに思いをはせる日として位置づけられました。
言葉ひとつですが、戦後の日本の慎重な姿勢がにじんでいます。
世界の建国記念日との比較
世界に目を向けてみましょう!
アメリカの独立記念日(7月4日)は、1776年の独立宣言採択を祝う日です。
フランスの革命記念日(7月14日)は、バスティーユ襲撃という革命の象徴的出来事に由来します。
韓国の光復節(8月15日)は、日本から解放を記念する日です。
これらに共通しているのは、「体制の転換」や「独立」という明確な政治的出来事が起点になっていることです。
言い換えれば、多くの国は”変化の瞬間”を建国の象徴にしています。
一方、日本の建国記念の日は、革命や独立戦争の日ではありません。
神話に始まり、歴史が連続して現在に至るという「継続性」を象徴していいます。
革命によって生まれた国と、連続性を強調する国。
どちらが正しいという話ではなく、国家が自分の起点をどこに置くかという思想の違いです。
まとめ
2月11日の「建国記念の日」は、日本という国のはじまりに思いをはせる日です。
独立や革命のような明確な出来事を祝う国が多い中、日本は神話と歴史の積み重なりの中にその起点を見出しています。
祝日を単なる休日として過ごすのではなく、その意味を少しだけ考えてみる。
それだけで、日本という国の成り立ちが、これまでとは少し違って見えてくるかもしれません。
建国をしのぶということは、過去を知り、現在を見つめ、未来を考えることでもあります。
この一日が、日本の歩みを静かに振り返るきっかけになれば幸いです!