日本のスポーツは、だいたい礼から始まる
スポーツと聞くと、派手なガッツポーズや、観客の歓声を思い浮かべるかもしれません。
ところが日本発祥のスポーツでは、勝負の前にまず静かに頭を下げます。
声援よりも沈黙、興奮よりも所作。ときには、競技が始まる前に場を清めるところからスタートすることさえあります。
なぜ日本のスポーツは、こんなにも落ち着いているのでしょうか。
それは偶然ではなく、日本人が長い時間をかけて「体の動かし方」と一緒に「社会のふるまい方」まで競技の中に組み込んできた結果です。
相撲、柔道、剣道——これらは単なる運動ではありません。
日本で生まれたスポーツをのぞいてみると、勝ち負けの向こう側に、日本という国の価値観が静かに立ち上がってきます。
土俵に宿る祈り――相撲という日本最古のスポーツ
相撲は、日本神話の時代にまでさかのぼる非常に歴史の古いスポーツで、日本の国技として親しまれています。「古事記」には、神々が力比べによって物事の決着をつけたという話が残されており、これが相撲の原型だと考えられています。
もともと相撲は、豊作や国の安定を祈る神事として行われていましたが、時代が進むにつれて武士の鍛錬の場となり、やがて人々が楽しむ競技へと発展しました。戦国時代には、織田信長の後押しによって大相撲の基礎が築かれたとも言われています。
まわし一つでぶつかり合い、勝敗が短時間で決まる相撲は、分かりやすく迫力のある競技です。神事としての厳かさと、力勝負の豪快さを併せ持つ点こそが、相撲が長く愛され続けてきた理由だと言えるでしょう。
駆け引きと精神が交差する競技——剣道
剣道は、武士が刀を使って戦っていた時代の剣術を起源とする、日本独自のスポーツです。戦乱の世では実戦の技として発展しましたが、江戸時代の平和な時代になると、人を殺すための技から、心と身体を鍛える「活人剣」という考え方へと変化していきました。
明治維新や第二次世界大戦後には衰退の危機を迎えましたが、その都度形を変えながら復活し、1952年の全日本剣道連盟設立によって現在の剣道が確立されます。
防具を身につけ、一対一で相手の動きを読み合う剣道は、技術だけでなく判断力や集中力が求められる競技です。教育的評価も高く、年齢や性別問わず親しまれている点が、剣道の大きな特徴と言えるでしょう。
工夫から生まれた日本の学校スポーツ――ポートボール
ポートボールは、日本で生まれた学校スポーツで、大阪府堺市が発祥とされています。英語の名前から外国の競技と思われがちですが、実は日本独自のスポーツです。
バスケットボールに似た競技ですが、ゴール台の上に立つ「ゴールマン」がパスを受け取ることで得点になる点が大きな特徴です。その前には相手の「ガードマン」が立ちはだかり、チームでの連携や駆け引きが求められます。
もともとは、バスケットゴールを設置できない学校でも楽しめるように考えられた競技で、工夫とチームワークを大切にする、日本らしい発想から生まれたスポーツと言えるでしょう。
意外な日本生まれの競技——ソフトテニス
ソフトテニスは、日本で生まれた意外なスポーツです。テニス自体は中世ヨーロッパで競技として発展しましたが、明治初期に日本へと伝わったローンテニスをもとに、ゴムボールを使う日本独自の競技として工夫されました。
1884年、坪井玄道氏らによって東京高等師範学校で始められたとされ、学校体育を中心に全国へ広まります。1992年には名称が「軟式庭球」から「ソフトテニス」に改められました。
現在はアジア選手兼大会が開催されるなど国際化も進んでおり、日本発祥のスポーツとして、世界へ広がる可能性を持った競技と言えるでしょう。
砂浜が舞台の新感覚スポーツ――ビーチラグビー
ビーチラグビーは日本で生まれたスポーツで、5人対5人で行われます。
ラグビーやアメリカンフットボールに似ていますが、タックルはなく、相手にタッチすることで攻撃を止めるため安全性が高いのが特徴です。
もともとは1990年に考案された「ビーチ・タッチフットボール」が起源で、1993年に「ビーチフットボール」となり、2013年に現在の名所へ変更されました。
砂浜でプレーするため、足腰の強さやバランス感覚が求められ、スピードや戦略性も重要になります。安全に楽しめる一方で、独自の技術や駆け引きが味わえるスポーツです。
まとめ
日本で生まれたスポーツを見渡してみると、そこには勝敗や記録だけでは測れない共通点が浮かび上がってきます。
それは、身体を動かすことと同時に、相手を救い、場を大切にし、自分を律する姿勢が重んじられてきたという点です。
神事から始まった相撲、精神修養として磨かれてきた剣道、学校現場の工夫から生まれたポートボール、独自の発想で発展したソフトテニス、そして新しい舞台に挑戦するビーチラグビー。
どの競技にも、日本人が積み重ねてきた価値観や知恵が、静かに息づいています。
日本のスポーツは、ただ「強さ」 を競うものではありません。
その所作やルールの奥には、「どう生き、どう人と向き合うか」という問いが、今も変わらず投げかけられているのです。