「違い」を「強み」に塗り替える。
東京2020大会を経て、私たちの日常に深く浸透した「パラスポーツ」。
トップアスリートたちの活躍する姿に胸を熱くした方も多いはずです。
しかし、その背景にある深い歴史や、誰もが挑戦できる多様なステージについては、まだ意外と知られていない真実が隠されています。
1.「創意工夫」が生み出す、真剣勝負の新しいカタチ
パラスポーツとは、単に障害のある人のための運動ではありません。それは「誰もが取り組める」ことを目指して進化してきた、知恵と技術の結晶です。
その魅力の核にあるのは、圧倒的な「工夫」です。視覚障害者柔道のように「互いに組んだ状態から始める」といったルール変更や、陸上や自転車競技で見られる最新鋭の義足・競技用車いす(レーサー)などの用具の導入。さらには、重度障害のある選手が「ランプ」という勾配具や競技アシスタントと共にプレーする「ボッチャ」のように、最初から障害の特性に合わせて考案された種目も存在します。
こうした「ルール」の工夫「用具の進化」こそが、障害の有無を超えて共に楽しむ「2030年ビジョン」への懸け橋となっているのです。
紀元前から続く情熱。リハビリから「世界最高峰」へ
パラスポーツの歴史は驚くほど古く、紀元前からその足跡が見られます。近代において組織的な活動が本格化したのは19世紀のヨーロッパでした。
・1924年:パリで初の国際大会(現デフリンピック)が開催。
・1948年:第二次世界大戦で脊髄を負傷した兵士たちのリハビリとして始まったアーチェリー大会。これが「パラリンピック」の真の原点となりました。
当初は「Paraplegia(対麻痺者)」と「Olympic」を繋いだ造語だったパラリンピック。しかし今では、ギリシャ語の「para(並んで、沿う)」を冠し、オリンピックと対等に存在する世界最高峰の舞台として、固有のビジョンを共有しています。
3.日常を変える一歩。生活の質を彩る「きっかけ」
トップを目指すことだけがパラスポーツではありません。趣味、健康増進、リハビリ。どんなきっかけでも、継続の先には「生活にハリが出た」「日常動作がスムーズになった」「新しい仲間ができた」という、QOL(生活の質)の向上という確かな果実が待っています。リハビリとして始めたスポーツが、いつしか競技としての面白さに変わり、気づけばトップアスリートに道を歩んでいた―そんなストーリーも珍しくありません。
4.挑む者のためのロードマップ:都大会から世界の頂へ
「勝負にこだわりたい」という情熱には、それに応える強固なピラミッドが用意されています。
・東京都障害者スポーツ大会
1951年からの身体障害者大会と1984年からの知的障害者大会が統合された、都内最大規模の祭典です。「身体・知的・精神」の三障害を網羅し、手帳があれば実力を問わず参加できるため、初めての挑戦に最適です。
・全国障害者スポーツ大会
東京パラリンピック(1964年)を機に誕生。社会参加の推進を目的とし、都大会はこの舞台への派遣選考会も兼ねています。
・国際的な総合競技大会
・パラリンピック:4年に一度の頂点。公平を期すための「クラス分け」
を除けば、出場への道のりはオリンピック選手と何ら変わりません。
・デフリンピック:耳が聞こえない選手のための大会。ランプや旗など
視覚的保障が徹底された環境が特徴です。
・Virtusグローバルゲームズ:知的障害アスリートのための祭典。2019
年からはダウン症や自閉症のカテゴリーも新設されました。
・アジアパラ競技大会:アジア地域でのムーブメント推進を担い、パラ正
式種目や地域の実績ある種目が行われます。
その他、スペシャルオリンピックスやIBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)主催大会、各競技のワールドカップなど、挑むべき壁は世界中に存在します。
まとめ
パラスポーツの「競技紹介」を覗けば、40種目を超える多様な世界が広がっています。公式大会を目指すもよし、趣味としてオープン参加を楽しむもよし。
目指すステージがどこであっても、パラスポーツという扉を開けた瞬間、あなたの「可能性」は新しく書き換えられるはずです。